…私は、人じゃない。天使なの」






そう、私は人間じゃない。私は空白の姫。そして、世に言う"大天使"という存在。神に創られた私を、この世界では神の使い、と呼ぶという事を幼い頃聞いたのだ。






「…だから、噛まれたって人狼にはならない」


「…で、でも…」


「リーマス、私の背中の物が見えるでしょ?私はヒトじゃない。だから、絶対に人狼にはならないよ」






そうだよ、リーマス。私はヒトじゃない。何度願っても何度祈りを捧げても、私が人間になれる日なんて来る筈が無い。






「…で、でもその血は…!」


「ああ…別に傷の深さは大した事ないんだけどね、切れたところが悪かったみたいで。出血ほど傷は酷くないから心配要らないよ」






嘘。本当はかなり深くまでやられてる。でも、そんな事今のリーマスなんかに言える訳がない。お願いだから、お願いだからリーマス、






「…そんな顔、しないでよ。私は貴方の所為で人狼にはならないんだから」


「…でも、僕は君を傷つけた…っ」


「こんな傷、直に直せるよ。言ったでしょ?私は天使だよ。天使に不可能な事はないよ。今はちょっと此処に来る前にあったごたごたで魔力…天使の力を使う源がちょっと減りすぎちゃって傷を治せないだけだから。魔力が戻れば直にでもこんな傷治せるよ」






リーマスは一向に俯いている顔をあげない。まだ怖い事があるのは解る。私が今のリーマスの立場だったら同じ事を思うと思うから。






「…私が、リーマスを怖がって逃げていくのが怖いの?」


「…っ」






今まで受けてきた小さな傷は積み上がって積み上がって、今では大きな傷となってしまっている。私も、そしてリーマスも。何が一番怖いかって、独りになるのが一番怖い。大好きだった人達が自分を罵倒しながら離れていってしまうのが怖い。私はそれを経験してるし、恐らくはリーマスだって。だから、この先の事を考えて怖がってる。


リーマスも、そして…私も。






「…普通、来ないと思わない?」


「…え…?」


「リーマスのこと怖がってたりしたら、普通は満月の夜にこんな所まで来ないと思わない?それにね、」






きっと今頃ジェームズとシリウスもこっちに向かってきてるよ、と続ければ勢いよく顔をあげたリーマス。

月が沈めば変身が解ける事を知ってる二人は今頃この屋敷に向かってる筈。彼等が来るまでがタイムリミットだ。彼等にまでこんな姿を見せたくはない。ヒトの形をしていない私の姿なんて。






「…ジェームズとシリウス、が?」


「うん。私もあの二人もリーマスを怖がって離れていくどころか、こうやって無理にでも近付こうとしてる。例えリーマスが私達に遠慮をして離れて行ったとしても私もジェームズ達も諦めないと思う。あの二人にいたっては何処まででもリーマスを追いかけちゃうじゃない?」






あ、今の少しストーカーみたいな言葉だったかも。

でも、本当だよリーマス。もしも貴方の方から遠慮なんかをして離れていう様な事があれば、貴方が納得して私達と一緒にいる事を自分に許すまで何処までも追いかけて説得するよ。


そうだ、説得をするよ、ジェームズとシリウスが。そしてきっとそれにはピーターもいつの間にか加わってると思う。

其処にきっと私の姿はない。






「(…だって、)」






ヒトではないこんな私を誰が受け入れてくれるというの?否、受け入れてくれた人間はいた。極僅かだったけれど。大半の人間がヒトではない私を罵倒し、疎外し、挙句殺そうとした。そして大好きだった人達は何人も私の傍からいなくなった。化け物、と一言残して。


リーマスには偉そうな事言っている私がこんなんじゃ最低だね。でも、ヒトではない私は貴方達には受け入れてもらえない。受け入れてもらおうとも、思わない。長い年月で積み重なってきた小さな傷は確実に大きさをまし、私に恐怖を植え付けてきた。怖いから、離れていかれるのが怖いから、だから私は受け入れてもらおうとは思わない。






「(…それでも、受け入れてほしいとは思う自分は本当に最低だ)」






受け入れてもらおうとは思わないけど、受け入れてほしいとは思う。願望より恐怖の方が勝っているのだとありありと実感させられる。







「(さて、と…)」






そろそろ本格的に時間を気にした方がよさそうだ。太陽が昇ってから結構時間は経っているから、もうじきジェームズ達が此処に到着するだろう。この弱りきった体じゃ、二人の気配を感知できないのがイタイ。






「…リーマス」






まだ困惑気味のリーマスに声をかける。ねえ、リーマスこれだけは忘れないでほしい。






「私は、"リーマス"が大好きだよ。貴方は大切な友達だって心から言える」


「……」


「私は、リーマスはリーマスだって思ってる。これは口先だけじゃないって貴方も解ってくれるでしょ?私にしかやれないようなやり方だけど、私は貴方に行動をもってそれを示したもの。それとも、あれだけじゃまだ信じられない?もっと他の事もやった方がいい?」


「なっ…そんな!これ以上が傷つくような事は…っ」


「冗談冗談」






今自分が自然と笑っていられるのが不思議。リーマスに冗談を言ってからかっている事が不思議。もうとっくに身体の限界は超えたと思ってたけど、案外まだいけるのかもしれない。太陽の光で少しだけでも魔力を回復できたという事か。






「…ねえ、リーマス…」






皆には私の事は言わないで、と言おうとし立ち上がった瞬間バンッ、と扉が開かれた。










Ein wichtiger Freund
願いたいのに怖くて願えない











「リーマス、いるのか…って!?」






勢いよく扉を開けて中に入ってきたのは噂の二人。シリウスはドアノブを持ったまま固まっているし、その隣に立っているジェームズも然りだった。二人とも何故か顔や手に多少のかすり傷があり服も泥だらけだった。






「(…タイム、オーバーか…)」





傷口はさり気無く二人からは死角になるように隠す。もしこれをやったのがリーマスだと二人が知れば、それだけでリーマスはまた更なる罪悪感を感じるだろうから。






「…、その羽…」






ジェームズが何かを言い終わる前に、扉の前にいる二人を押し退けて部屋の外へと出た。翼が通れるくらいの大きさで良かった、とどうでも言い事が脳裏に浮かんだ。






「お、おい、!待てよ!!」






後ろからそう聞こえた後、誰かが追いかけてくる足音がしてきた。さっきの声からして追いかけてきたのはシリウスか。






「(…何で、何で追いかけてくるのよ…、っ)」






走っている所為か傷が痛む。今の弱りきってる私の足じゃ、到底シリウスの足の速さに適わない。






「(っ…、でも…追いつかれる訳には、いかない…!)」






追いつかれれば私の正体を明かすしかない。彼等に化け物、と言われて去られるよりは私から離れた方がまだ傷は浅くて済む。






「(…結局は…自分のため、か…)」






本当に嫌な奴だな、私って。






「(…少しは回復したし…使っても大丈夫だよね…っ)」






シリウスから無事に逃げるには転移の術しかない。私はまだ雪の積もる外に出た瞬間、後ろから追いかけてくるシリウスには見えない様な死角に隠れ転移の術を発動させた。










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08.08.011 修正完了