「インセンディオ」






ぼっと音がしての杖から放たれた炎は暖炉に火を灯した。



下のあんなに寒い場所にいれば風邪をひく可能性があったので、二階に存在するある部屋へとリーマスを浮遊呪文で運んできた。其処は未来の世界で何度かきた部屋だった。窓に打ち付けられた板に、汚れたベッド、そして壊れたピアノやソファ、暖炉等々。リーマスは清めの呪文をかけたベッドの上に寝かせておいた。






「っ、…とっ…あっぶなー…」






思わず倒れそうになった身体を何とかベッドの柱で支える。正直立っているのも辛い。体力や気力、まあ総合していえば魔力、というやつなのだが、それを消費した身体に、リーマスのあの攻撃と噛み傷。しかもその傷からはかなりの量の血が流れているのは明らか。






「(普通の人間ならとっくに出血多量で死んでるよね、これ)」






"普通の人間"ではないからこそ出来る事だよね、と呟きながら気絶しているリーマスが横たわるベッドの横まで行き、その場に膝立ちをした。






「…全く、毎回毎回よくこんなに怪我して、ちょっと転んだだけだよ、なんて言い訳で通そうと思うよね」






明らかに転んだ、では済まされないくらいにかすり傷や切り傷がそこら中にある。






「にしても、もうそろそろ夜明けだけど、それでもまだ日は昇ってないのに何で変身が解けたんだろう…」






思い当たらない節がない訳でもない。変身が解けたのはきっと私の血を浴びた(もしくは飲んだ)から。人狼が過去に私の血に触れた事はなかった。人間なら失神するだけで終わるけれど、人狼の場合はその変身も解いてしまうのかもしれない。






「…っ、」






一瞬リーマスが身動ぎした。この感じからして彼は悪夢でも見ているようだ。かなり魘されている。






「…僕は…人間じゃ、ないの…?」






彼は一体どんな夢を見ているのだろうか。涙を流しているところからすると相当酷い夢に違いない。






「…貴方は人間だよ、リーマス。私の憧れた、人間…」






サラッと顔にかかった前髪を横に流しながらそう呟いた。

そう、貴方は間違いなく人間。私がなりたくてしょうがなかった人間だよ。






「…それにしても、これじゃあまりにも痛々しすぎるよねー…」






治療、をするか。制御装置着用での高等魔術の使用は自殺行為みたいなものだけど、私は決めたから。リーマスを助ける、と。そしてそれはもう実行に移している。中途半端にはしたくはない。ここまでやったのだから最後まで完璧に。






「…確か制御装置着けてると詠唱破棄時は出来ないんだったよね」






至る所が悲鳴をあげている身体を、何とかその場に立たせ、リーマスに向けて両の手を翳して目を閉じる。






全てのモノを創り出し

この世のありとあらゆるモノを調律する


我が名は空白の姫。







桃色の光がを包み込み、リーマスの下には桃色の複雑な魔法陣が現れた。光は更に強さを増していく。






我等が創り出すは有

我が声を聞け 我が望を叶えよ

彼の者の傷を癒せ








桃色の光がリーマスを包み込み、その傷を癒した。

段々と光は弱まり、完全に消えた瞬間にはその場に崩れるように膝をついた。






「…は…っ、はあ…っは…あっ…」






流石に、この傷ついた身体に今のはこたえる。肩で息をしているから傷口からは出血多量だし。






「(…ほん、と…弱い、なあ…)」






強くなりたいと願って何年が、否、何十年が経ったか。この身体は何十年のもの間、こうして子供の姿をしている。成長しても成長しても、ある一定の年齢になればまた元の年齢に戻ってしまう。強くなりたいと願ったのは、そういう生活になる前だ。まだ私が"本当の子供"だった頃だ。姿だけが子供ではなく、心も子供だった頃。


その願いは今もなお叶ってはいない。






「(…日が、昇る……)」






板が打ち付けられているため、微かな隙間しかないが、それでもはっきりと太陽の光はその隙間からこの部屋に届いてきている。もう直完全に朝が来る。






「(…気休め程度だけど…やらないよりはマシ、かな…)」






そう思い、先程より更に軋む身体を無理やり立たせ、太陽の光が差し込む窓の近くまで歩いていき、近くの椅子に座った。






「(…血、どうにかしないと…)」






けれど、どうにかする前に先ず魔力が回復しなければ何も出来ない。やはり先ずはこっちを先にやらなければ。太陽の光を"アレ"に当てれば、少しだけど魔力が回復する筈。太陽は月には劣るにしても、その光には魔力が含まれている。自然を作り出したのは神だ。神にも魔力が備わっているから、その神が作り出したものに魔力が入っているのは当然の原理。太陽の光を溜めれば消耗した魔力は少しだけど回復する筈。






次の瞬間、の背には純白の大きな翼が現れていた。










Eine Grenze der Macht
陽の中の天使はお姫様なんだよ











日の光を微かに感じて目を覚ましたら、ここ最近で少し慣れ親しんだ場所の一室の天井が見えた。その部屋にいる事自体はおかしくはない。けど、今僕がいる場所は明らかにおかしかった。






「(…何で、ベッドに…)」






どうしてだろう。まさか人狼になっている自分が眠くなってベッドに横になったなんて事は絶対に有り得ない。






「(…昨日はいつもみたいに暴れ柳を通って此処に来て、そして変身して、それから…)」






それから…それ、から…、






「…っ、!」






勢いよく身体を起こしながら彼女の名前を呼んだ。そうだ、僕はを噛んだ。噛んでしまった。

僕は、を狼人間にしてしまった。






「…え……?」


「…あ、(やば、もう起きちゃった…?)」






窓の近くの椅子に眠るように座っていたは、ゆっくりと目を開けてこっちを見た。その動作だけなら別に不思議なところはない。けれど、今のの姿はどう見てもいつもと変わりはないとは言い難い。

背中には大きな翼があるし、左肩からは大量の血が流れ出ている。にも関わらずは僕に微笑みかけた。






「…おはよ、リーマス」


「……その羽は一体…それに…それにその血は…っ」


「(…リーマスが目覚ます前にはコレ仕舞って、血も止めておこうと思ってたのに…まさかこんなに早く起きちゃうなんて…)」






あの出欠の量からから考えて傷は相当深いだろう。

僕がやったんだ、僕がを傷つけた。






「……っ、ごめん…!ごめん、僕は…君を…っ」






僕と同じにしてしまった。までもがあんな辛い思いをしなければならない様にしてしまった。






「…リーマス、泣かないで…。貴方が悪いんじゃないよ…」


「っ、でも…僕は…っ」


「…私は貴方が狼になってる事を知ってて、この場所に来たんだから。リーマスが私の為に泣く必要なんかないんだよ」






何、だって?

は僕が狼人間だという事を知ってて、しかも満月の昨日、僕が狼に変身しているのを知ってて此処に来た?

何で知ってるの?否、それよりも何で、






「…何で僕が変身してるって解ってるのに僕がいる所になんか来たんだ!その所為で君は…っ」






何で、何で来た。

来なければ君は僕と同じにならずに済んだのに。僕は君を噛まずに済んだのに。






「…噛まれても、平気だと思ったから…」


「っ、平気な訳ないだろう!?人狼に噛まれればその人も人狼になってしまう…君だって知ってるだろ!?魔法界では周知の事の筈だ!」


「…それは、人間を対象とした症状でしょ?」


「…?、一体何言って…」






頭に上っていた血が降りてきて冷静さを取り戻し始めた僕の目に、あの大きな翼が映った。今のの言葉は、あれに関係してる?






「…私は、人じゃない。天使なの」






そう言って微笑んだの顔が凄く痛々しかった。










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08.08.011 修正完了