辺り一面銀の世界。月の輝きを受けて仄かに煌く雪はとても神秘的だった。と、その空間に一陣の風が吹いて、次の瞬間には一人の少女が雪の上に立っていた。






「…いない…」






隠れた?それなら、気配を探るまで。この際本気で消費される気力云々は気にしない。






「(……気配が、無い)」






逃げられた。






「(…でも、逃げるくらいなら何でわざわざ姫の私に解るように此処で発動なんてさせたんだろう…)」






もし、姫の私がこのホグワーツにいる事をしらなければ、私がこうして駆けつけてくる事も解らなかった筈。という事はまだこの場にいなければおかしい。いないという事は姫がさっきの音を聞きつけてこの場に来る事が解っていたという事。






「(…それとも偶然が重なっただけ?)」






ホグワーツに姫がいる事を知らないミュータントが偶然此処で力を発動して、偶然、姫の私が来る前に用事が終わって帰ったとも考えられなくはないが、可能性としてはかなり低い。






「(…やっぱり、逃げられたって事で決定かも)……って、此処は…」






緊張の糸が切れて、ふと後ろを振り向くと其処には小さな屋敷が。少し古びているような気もする。






「…叫びの、屋敷…」






どうするどうするどうする。

この中には今は狼人間となったリーマスがいる。救いの手を差し伸べるなら今だ。でも、朝になればきっとジェームズ達が救いの手を差し伸べる筈。






ワオォォン....






「!?」






今のは、狼の遠吠えだ。しかも屋敷の中から。となれば今のはリーマスの叫びだ。未来で一度狼となったグレイバックと遭遇した時に聞いた叫びとは全然違った。グレイバックは獲物を見つけれた事や肉を切り裂ける爪や牙が満月の所為で現れたのが凄く嬉しそうな叫びだった。人間を狩れるのを心の底から喜んでいるみたいに。でもリーマスの叫びは、何だか聞いていて寂しい気持ちになる。誰か助けて、て言ってる様な気がする。






「…やっぱり、これ以上放っておくなんてしたくない」






は一歩一歩と入口に近付き、一瞬躊躇してから意を決したように屋敷の扉を開けた。











Nehmen Sie ihn an
狼と虚無な姫の境遇











「…リーマス…?」






ゆっくりと後ろ手で扉を閉めながら名前を呼ぶ。きっと気配なんか探して、こっちから会いに行かなくたって、向こうから来てくれる筈。人狼は鼻が利くから。






ギシッ






「(…ビンゴ!)」






やっぱり自分から出てきた。床を軋ませながら間合いを詰めてくる目の前の狼。






「(…放っておけない、って意気込んだはいいものの…この後どうしよう)」






肝心な所を考えていなかった事に今気が付いた。苦しんでいるリーマスを助けたい、とは思ったけれどどうやって助ければいいのか解らない。思えば朝まで待ってから会いに行く、というジェームズ達の判断が一番正しい気がする。






「(…人は人。自分は自分。私は私のやり方で…!)」






ダンッ






間合いを十分に詰めたと判断した狼は一瞬にして残りの全ての間合いを詰めて、にその鋭い爪を振り上げた。が、振り下ろした時にはもう既にの姿はそこにはなかった。






「…っ!?」






はリーマスの攻撃をすれすれのところで横へ飛んで交わしたが、その瞬間激しい脱力感と眩暈に襲われて、その場に膝をついた。






「(…っ、こんなにも消費してたなんて…!)」






直にさっきの力の解放のつけが回ってきたのだと理解した。転移の術と探知の術。二つ使っただけなのにこの体力と気力の消耗。これが今マグルの世界で流行のRPGとかいう種類ののゲームだったら、次のHPとMPがない自分は即座にお陀仏だな、と意味もない考えが頭に浮かんだ。






ガンッ






「…っつ、うっ」






はリーマスに壁に叩きつけられた。その衝撃で一層眩暈が酷くなった。目の前にいる筈のリーマスが二人にも三人にも見えてしまう。






「(…どうすれば…)」






今目の前にいるのはリーマスだ。怖さなんて感じないし、嫌おうなんかも思わない。

リーマス、私は貴方に何をしてあげられる?






『私はいつも孤独だった。人狼だというだけで世間からは疎外され続けてきたから。まあ、それは今も変わってはいないけどね。けれど私は他の人狼よりは幸せな人生を送れていると思う。私の周りには私を受け入れてくれている人が沢山いる。人狼としての私ではなく、リーマス・ルーピンとしての私を見てくれている。、勿論君もその中のうちの一人だ。本当にありがとう。私はもう、少なくとも孤独ではないよ』






リーマス、あの時貴方は私にありがとう、と言ってくれた。今度は私が貴方に向かってありがとう、と言う番かもしれない。






「(…ありがとう、大人リーマス)」






忘れていた。彼がどうしてほしいかなんて、同じような仕打ちを受けてきた私が一番良く解ってる筈じゃない。私は"私"を認めてほしかった。受け入れてほしかった。リーマスだってそうなんだ。"リーマス"を認めてほしいし、受け入れてほしい。






「(そしてそれは…)」






鋭く尖った狼の牙がに迫った。けれどは避ける事も攻撃する事もしない。ただ、リーマスを拒まずに其処に立っている。






「…言葉なんかなくても態度で示せる。だよね、リーマス」






ザシュッ






肉が裂ける音がした。そしてその後に続くようにボタボタと大量の血が床に落ちる音も。






「っ…ね、え…リーマス…っ……こうする貴方も…"リーマス"…っ、なんだよね…」






自分の肩に噛み付いたまま動かないリーマスの頭を優しく包み込むかのように腕を回す。その顔は慈愛に満ちていた。

要するにリーマスはリーマスだって事。でも、それを言葉で言うのは簡単でも、行動に移すのは難しい。だからこそ、私は言葉だけじゃなくて、その身を持って証明してほしかった。その言葉が真の言葉なのか。きっとリーマスも同じなんじゃないだろうか。似ている境遇の私達は思う事も似てると思う。まあ、これはただの勘でしかないのだけれど。






「…リーマス…?」






いっこうに動かないリーマスを不審に思って声をかけるが当然返事は返ってこない。少しだけ押し返してみれば、リーマスの身体はその場に崩れるように倒れた。






「え…なん、で…」






そこまで口にしてはたと思い出した。






「(…そうか。人間が"私"の血に大量に触れた場合、失神するんだっけ…)」






あれだけ触れればきっと朝まで目は覚めないだろう。







朝日が昇るまで残り数時間。











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08.08.011 修正完了