昔々、そう遥か昔。

創世神は自分の体の一部から神を創り出した。

そして、神は創世神の命と力を与えられ、世界を造り出した。

創世神は新たな存在を創り出す。

天使を創り出し、それを神に与えた。

神は天使に世界の調律を命じた。

そして天使は生み出した。自然界を、世界の一つ一つを司る者達を――










「ねえ、シリウス。この後どうする?どっか一緒に見て回る?」


「つってもなー、外には追っ手の奴等がわんさか居るだろうし…」


「んー…かと言ってこのまま此処に居ても追っ手は来ると思うんだよねー」






どうしたものか、と二人で頭を抱える。このままこのパブに居ても、捕まるのは時間の問題。ならば何処かへ行けばいいのだが、むやみやたらに外を歩いていればそれこそ飛んで日にいるなんとやらになりかねない。

には魔術でシリウスの体を他人には見せなくするという最終手段も残っているが、それはあくまでも"最終手段"。あれは中級レベルの魔術なので結構な体力と気力を消耗する事になるだろうし、オリバンダーの店であれ程不審に思われる行動をとったのだ。これ以上目立つ行動は避けたい。何より先ず、この世界の人間に魔術などというものを見せるのはあまり宜しくないとレンに言われているのだ。


と、その時だった。






「?、何だ?」


「入口の方だね」






急に店内がざわついた。ざわめきの中心はどうやら店の入口の方らしい。何事かと思い二人が入口の方へ視線を移すと、其処には黒ずくめの男達がざっと十人は居た。その男達の先頭にはオリバンダーの店でシリウスと共に居た男が。先頭の男を見た瞬間、シリウスが立ち上がり歩き出そうといた。が、それをが慌てて腕を引っ張り椅子に座り直させる。






「ちょ、シリウス!そんな事やったら見つかっちゃうって」


「これでお前と一緒に居るところが見つかったらお前が俺を連れ出したと思われるだろ」


「だからって…」






確かに見つかってはただでは済まされないだろう。シリウスを連れ出した罪として罰を与えるかもしれないし、もっと悪ければ殺されるかもしれない。けれど、それはあくまで一般人での話。生憎と自分は一般人ではない。特に戦闘等に関してはそこら辺の者になら負けない自信がある。だが、シリウスは私が罰を下されたと知れば確実に自分を責める。そうなる事は避けたい。と、すればどうするか。






「(…そうだっ)シリウス、机の下に隠れて!」


「はあ?お前なー、何処の世界にそれで危機を凌げる奴が居んだよ」


「いいから。で、これ舐めて。そうすれば見つからなくて済むから。ほら、早く!」






ぐいぐいと問答無用でテーブルクロスを捲り、シリウスを机の下へと押し入れる。そしてポケットから色とりどりの飴が入った小瓶を取り出しシリウスに押し付けるように渡す。状況が状況なだけにシリウスは文句を言いながらもそこから飴を一粒取り出し口に入れた。






「それからこれもね」






そう言って今度はシリウスのグラスをグイっと机の下に居るシリウスに渡す。黒ずくめの集団は直其処まで迫ってきている。今だブツブツと何かを言っているシリウスを軽く足蹴にして大人しくさせた。と、黒ずくめの集団にいる先程の男と目があった。






「おい小娘!シリウス様は何処だ!」


「…何の事?」


「惚けるな!お前があの方を連れ去ったのは解ってるんだ!」


「え?シリウスいなくなったの?」






平然とあたかも今知りましたと、という表情をする。立場上、こういう事には慣れている。疑い、疑われ。騙し、騙され。殺し、殺され。そんな世界に住んでいる自分にはこんな状況なぞ日常茶飯事だ。シリウスはそんな会話を目線はテーブルクロスの下の隙間から見える男達の足にやったまま聞いていた。






「惚けるのもいい加減にっ」


「待て、ルーシャ」






スッと集団の中から一人の男が前に出てきた。周りの黒ずくめの男達の様子を見る限りこの男がこの集団の頭(リーダー)だ。見た目は三十代後半、右頬から顎の手前に掛けて大きな刀傷のようなものがあった。






「下がれ、ルーシャ」


「し、しかしデイモス様…っ」


「(…デイモス?)」


「聞こえなかったのか、ルーシャ。下がれ」






鋭い視線を送られ、ルーシャは怯えながら一歩後ろへと下がった。デイモスは不適な笑みを浮かべながらに近づいてくる。今の反応を見れば解る。この男はこの集団の他の者達とは強さが桁違いだ。






「さて小娘。話はルーシャから聞いている」


「(…デイモス……この名前、聞き覚えがあるような、ないような…)」


「どんな奴かと思えば…









空白の姫だったとはな







その言葉には一瞬だけデイモスに向ける視線を鋭くする。何故、何故この男が姫の存在を知っている?この世界の住人が、何故。

表情こそ崩さないものの内心では驚きと多少の焦りが渦巻いていた。

どうしてどうしてどうして。

空白の姫の存在を知っているのは私達の世界の住人だけ。

そこまで考えてハッとした。そうだ、他にもいる。私の存在を知る者達が。






「(…この人は彼等の中の一人、か…)」










Vor einer langen Zeit
恐れと言う名の狩人











「空白の姫?何の事を言ってるの?」


「ほぅ、惚けるか。その髪と瞳の色は空白の姫の象徴だったと思うが?」






一応は知らないフリをしてみるものの、これでは誤魔化しきれそうにないのは明白。けれど、此処には何も知らないシリウスやルーシャ達が居る。見る限りルーシャ達は"彼等"ではないだろう。ルーシャを含めたデイモスの部下と思われる者達は顔を見合わせながら空白の姫について疑問符を頭の上に飛ばしている。関係の無い彼等に知らなくてもいい事を知られるのはあまり宜しくはないだろう。






「確かに私の髪と瞳の色は珍しいかもしれないけど、世界は広いんだから探せば同じ髪の色や瞳を持った人達なんて沢山…」


「あぁ、お前の言う通りその瞳の色と髪の色を持って生まれてきた奴は居るかもしれない。だが、その髪と瞳。両方の色を持ち合わせて生まれてくるのは空白の姫以外に居はしない」






よく知っている。この男、既に覚醒している。覚醒している彼等は皆、私を敵視し牙を向く。きっとこの男、デイモスもそうだろう。彼が発する私へ向けての殺気がいい証拠。隠そうとしても隠し切れずに漏れ出している微量の殺気がね。






「どうしてそんな事が言い切れるわけ?っていうかもう私の目の前から消えてくれない?貴方達、子供一人でさえ探し出せないの?私はシリウス・ブラックの行方なんか知らないわよ」






覚醒している彼等は危険だ。何を口走ってくれるか解ったものじゃない。此処に居るのが二人だけならともかく、今は何も知らない無関係の人間が沢山居る。そんな中で此方の世界の事を話されると何かと厄介だ。今は逸早くにでも退散してもらいたいのが本音。

が睨みをきかせて言うとデイモスは鼻で笑いながら言った。






「お前がシリウス様を隠しているのは解っている。お前の…いやお前達の魔じゅ」


「デイモス」






デイモスの言葉を途中で遮る。大量の殺気と、睨み殺さんばかりの視線と共に。

"魔術"なんて単語、この世界の一般人の前ではご法度だ。この世界にある魔法とはまた違った力。これ以上、この男に余計な事を喋らせてはいけない。後の事を考えると少し面倒くさい気もするが、この際仕方ない。

は殺気と視線をそのままに、デイモスを挑発させるような笑みを浮かべながら続きを話す。






「これはギリシャ神話に出てくる神々の一人、アレスの息子の名前だったわね。"デイモス"…その名は恐れを意味する」


「…っ、やはり、空白の姫っ」


「お前達を創りだしたのはこの私だ、デイモス。私の力はお前達が一番よく解っているだろ。








早急に私の前から去れ」






その言葉と共に顔からは挑発するような笑みまでもが消え、変わりにこれまでの比ではないくらいの殺気を放出した。これには直接殺気を向けられているデイモス以外の後ろの部下達も恐れをなした。それは机の下に居たシリウスも同じ。デイモスはともかく部下やシリウスはその場から動けないでいた。






「っ…俺はお前に創りだされた覚えなどない!」






に怒声を浴びせた後、デイモスは踵を返し出入り口へと。それを見たは他のガードマン達が動けるまでに殺気を抑えた。全身にかかっていた金縛りのようなものが解けて安堵したのも束の間、鋭い視線を浴びせられ部下達は逃げるようにデイモスの後を追いかけて行った。










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08.07.12 修正完了