店内へと入ってきたのは黒ずくめの男。黒いスーツに黒いサングラス。どこぞのボディーガードか何かに見える。その男の後ろから、両手をズボンのポケットに入れながら歩いている男の子も続いて入ってきた。黒いサラサラの髪に、意志の強そうな瞳。バチッと視線が合ったが直に逸らされてしまった。まるで自分には関わるなという感じだ。






「(…この瞳(め)、知ってる…)」






見覚えがある、この人物の瞳(め)。つい最近まで一緒にいた者の瞳とそっくりだった。時々、自分の家の話をする時や、自分の家の屋敷僕と話す時等に、あの様な瞳(め)をしていた。心の奥で自分の感情を押し殺し、怒りを抱いている瞳。






「オリバンダー、この方はブラック家のご子息だ。この方を最優先してもらおう」






そう言いながら黒ずくめの男はをサングラスの奥にある目で睨んだ。だがはそんな男の視線など無視だ。まさか、と思う気持ちとやはり、と思う気持ち。一体自分は今どちらの感情の方が大きいのか。この人物の瞳を見た時から何となく予想はついていた。この人は彼なのだと。けど、今の男の言葉で予想は確信へと変わった。この時期に、杖を求めてくるブラック家の息子など、彼しか該当者がいない。


彼は、シリウス・ブラックだ。






「…え…」






えええぇぇ!?


これがあのシリウス?予想はしていたけれど未来とは見た目が別人の様だ。否、その意志の強そうな瞳だけは今も未来も健在だが。けれど外見が違うのは当たり前の事。自分がこの間まで共にいたシリウスは監獄生活を送った後の彼だ。今と比べて同じ外見をしていても、それはそれで怖い。






「あ、貴方が…シリウス、ブラック?」






言った後に少しだけ後悔した。そうだ、確かシリウスはこういう反応されるのが一番嫌いだったと言っていた気がする。案の定、目の前のシリウスは一瞬だけだが、顔を嫌そうに歪めた。






「そうだ。解ったらさっさと退け、小娘」






返事はシリウスからではなく、黒ずくめの男から返ってきた。男は嫌悪感剥き出しの目でを睨み付けた。それに対しては此処でいらない事を言えば男は此処で暴れ出しかねないと判断をし、あくまで一般的な女の子で一般的な返答をする様試みた。






「えっと、あの…私が先に、来たんですけど…」


「何だと?」





しまった。これでは相手を煽るだけではないか。昔のシリウスに会って動揺しているからなのか、ただ単に自分が平和呆けしているのか。きっと両方だろうが、この状況は非常にまずい。此処でこの男に暴れられればこの店にとっては大迷惑。何かが壊れるかもしれない。此処はてっとり早く黙らせるのが効果的。まかりなりにも自分は一国の皇帝の側近だ。そこら辺の輩には無傷で勝てる。黙らせる事など造作もない事。






「いいから退け!」






男はに向かって拳を振り上げた。










Ein menschliches Herz
理想への一歩は想像力











パシッ


振り下ろされた拳が顔に届く前にはそれを避け、男の振り下ろされた方の手首を掴んだ。それにはこの場にいた以外の全員が驚いた。






「順番抜かそうとした挙句、女の子の顔殴ろうとするなんてね…」






もう一般的な女の子は演じるつもりなどない。此処からはスイッチを切り替える。完璧な戦闘モード。一国の皇帝の側近、なめないでよね。






「貴族がそんなに偉い訳?とまでは言わないわ。実際偉いだろうからね。でも、その偉さは貴方達の間ではお金が有る無いで決まるんじゃないの?お金持ちだから偉いとか貧乏だから偉くないとか。それに由緒正しい家柄って、何が由緒正しい訳?貴方達の由緒正しいは人を罵倒する事なの?

純血も混血も…ううん、もっと言えば魔法族とマグルは元々は同じ位置にいたのよ?それを魔法が使えるから偉いだとか、純血だから偉いだとか、間違ってると思わないの?」






そう。全ての人間は元は一つの位置に居た筈なのだ。それが月日が流れるにつれて優劣がついてきた。強者は偉く、弱者は下僕。正しいのは強者で間違っているのは弱者。じゃあ、その強者と弱者は誰がどんな基準で決めるのだろうか。






「間違っていないと思うのならばそれはそれでいいわ。あくまで間違っていると思うのは私の考え。貴方の考えでもないし、間違っていないというのが貴方の中の定義。でもね、この世の中、貴方の様な考えを持った人ばかりじゃないのよ」






チラリ、とシリウスの方を見る。自分に視線が送られてきた事に驚きの表情をするシリウスから再度男に視線を戻す。






「…小娘、言わせておけばっ」






男はの手を振り払い再度その拳を振り上げた。だが、は動じずに軽く腕を組んで冷ややかな目線を男に向けた。大量の殺気とともに。一人の少女の放つ殺気にこの場の誰もが動けなくなった。当然、それを真っ向から向けられている男は勿論だが、直接向けられてもいないシリウスやオリバンダーまで動けなくなってしまうのは、流石側近。






「私を殴る?それともご主人様に報告する?

やれるものならやってみなさい」






殺気を真っ向から受けている男の背中に嫌な汗が流れた。背中だけではない。体中冷や汗だらけだ。

はくるりと体を反転させて、オリバンダーの方を振り返る。その表情はもういつもの表情に戻っており、殺気も放たれてはいない。部屋の中の緊張が解かれた瞬間だった。






「オリバンダーさん。悪いんですけど、私の杖を直に持ってきてもらえませんか?」


「え…えぇ、勿論」






彼女のいつも通りの温かみのある声を聞いてオリバンダーは安堵の息を小さく漏らし、奥へと消えていった。怖がらせてしまってごめんなさい、とは胸中で呟いた。この男を大人しく黙らせるにはこれしかなかった。手刀で気絶させる訳にもいかなかったのだ。そうすれば、気絶した後のこの男をどうするかの問題も出てきてしまうだろうから。






「どうぞ」


「ありがとうございます」






杖を持って戻ってきたオリバンダーからそれを受け取り代金を払おうとしたが、手で制された。何故、と目で問いかければオリバンダーはにっこりと笑って言った。






「この杖の代金はもう以前に頂きました。今回はただ、この杖を預かっていただけですので」










その答えには柔らかく微笑みありがとうございます、と礼を述べた。踵を返し扉へ向かう途中、またもシリウスと目があった。思い出すのは上弦の月が輝くあの夜の事。






『無理だと思う前に何か大きなアクションを起こしてみるといい。もしかしたら出来るかもしれない。人間は自分が思い描いた人間にしかならないと聞いた事がある。ならば、失敗する事ばかりを考えている人間はその先へは進めないと俺は思う。理想の自分を思い浮かべれば、誰だって知らず知らずにその理想に近づく為に努力をしているんじゃないか?

だから先ずは、失敗している自分ではなく、成功している自分を思い浮かべる事が大切だ。それと、こうなりたいと思う本人の気持ちもな』







貴方は本当に強かった。そして、この目の前にいる彼も、この言葉を私にくれた彼も魂は同じ。だったら、伝える事にはきっと意味がある。






「ねえ、人間ってね、自分の思い描いた様にしかならないんだって。失敗する自分しか考えてない人は絶対に成功なんてしない。でも、その逆だってあるんだよ。成功している自分を思い浮かべれば、自然とその理想の自分になろうと知らず知らずのうちに努力する。だからさ、無理だとか嫌だって思う前に何か一つ大きなアクションでも起こしてみたら?何かが変わるかもしれないよ」






要はきっと気持ちの持ちようで人間変われる、という事だろう。例えばテスト等で良い成績をとりたいと思い、自分の成功している姿を思い浮かべるとする。その人間はそうなりたいと思い知らず知らずのうちに勉強をしていくだろう。良い成績をとりたいと思うだけで、行動を起こさない人間は結局自分の失敗する姿しか思い浮かべてないのだ。『勉強をしようとしても眠くなるから出来ない』、こう思ってる人間はいつまでたっても勉強する時には眠くなる。理想の自分はその人間の思う心と、想像力で実現できる筈なのだ。






「って、事で頑張ってね」






は悪戯な笑みからいつもの笑みへと戻すとじゃあね、と言ってオリバンダーの店を後にした。










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08.06.15 修正完了