「聞こえなかったの?虐める事しか頭に無い君達より、ピーターの方がよっぽとマシだって言ったんだ」






使われていない教室からリーマスの声がした。中には複数の人間の気配。リーマス以外にも複数の人間がいると考えられる。


事の始まりは数分前。ジェームズ達がピーターが見当たらないと言ってきたのが始まりだった。もうこれ以上ピーターが虐められているのを黙って見過ごすのは嫌だった。あんなに苦しそうに笑うピーターを放っておきたくなった。だから少しの体力の消耗なんか気にせずに探索の魔術を使った。広範囲まで特定の人物の気を探す事が出来る。はそれをジェームズとシリウスに気付かれないように使い、ピーターの気がある場所まで上手く二人を誘導してきたのだ。


は急ぎ扉を開けようとするジェームズの手を遮った。






…?」


「ちょっとだけ待って」


「おい、何かあってからじゃ遅いんだぞ?」


「解ってる。だからジェームズ。この本に浮遊呪文かけて待機してて。危なくなったらそれ投げつけてくれていいから」






そう言って持っていた薬学の教科書をジェームズに渡した。の意見に二人の顔が少し険しくなった。解ってる。二人だってもう嫌なんだって事くらい。このまま黙って見なかった事にするのはもうしないってきっと二人の心の中で決めてあると思う。けど、






「…ごめん、少し様子を見させて。危なくなったら好きにしてくれていいから」






真っ直ぐにジェームズの目を見てそう言った。数秒間緊迫した様子で見詰め合っていた二人だが、先にその空気を破ったのはジェームズだった。ふっと優しく微笑んで解った、と了解の答えをくれた。それにありがとう、と返した後、今度は隣にいるシリウスに視線を移す。






「…シリウス……」






ジェームズよりも近くにいるシリウスの目を見詰めるには上目遣いで見るしかなかった。上目遣いでに"お願い"をされて断れるシリウスではなかった。妹がいればこんな気持ちなのか、と内心に甘い自分に溜息をついた。






「…解ったよ。そのかわり、これ以上はヤバイと思ったら直に中に入るからな」


「!、ありがとうっ」






照れ隠しの為か、少しすっぽを向いてシリウスはおう、と返した。その顔が異様に赤かったのを見たのはジェームズだけ。またからかうネタが増えた、とばかりにジェームズは二人に気付かれない様に悪戯に笑った。

は自分も万が一の為に備える為、杖を後ろ手で隠して持っちながら中の会話を聞き始めた。






「どうして何も言わなかったんだ!抵抗すればよかったのに!どうして何もしなかったんだよ!」


「…っ、恐かったんだ!反抗すればもっと酷く虐められると思った…」






リーマス、貴方は自ら境界線を越えようとしてるの?それは、私にとっても、そして何より貴方にとって凄く嬉しい事だと思う。

きっとダブって見えるんだよね。貴方だって狼人間だと言われて虐めを受けていたと思う。私もそうだった。まだ、この"人間"が住む時空に暮らしていた時は。リーマス、貴方と同じような迫害を受けてた。だから、何となく感じるんだ。貴方は狼人間を理由にずっと迫害されてきたって事。同じ境遇だもの。






「ボクはリーマス達みたいに強くなんてない!だから恐かった!立ち向かう勇気が無いんだ!」


「だったら何で僕等に何も言わなかったんだ!」


「恐かったからだよ!!皆に助けを求めたら助けてくれるかもしれない…。でも、皆が見ていない所でボクは皆に助けを求めた事でもっと酷い虐めを受けるかもしれない!そう思ったら恐かったんだ…っ」


「…ピーター」






そうだ、これが人間というイキモノ。結局は怖いから。だから全てのものから逃げるように生きる。怖いから強いモノに縋る。






「(…でも、)」






それが醜いだとは私は思わない。なりたかったんだ、そのイキモノに。『怖い』と言って逃げれるようになりたかった。それだけじゃない。嬉しい時には笑って、悲しい時には泣いて、苦しい時には我慢して、そういうものを感じるイキモノになりたかった。






『"感情"こそが"勇気"だ。感情を持てば嬉しい事や楽しい事だけじゃねえんだ。寧ろ悲しい事や辛い事の方が多いと思う。そんな"感情"を持ちたいって思うお前は決して弱い奴なんかじゃねえよ。少なくともお前にはちゃんと勇気が備わってる』






あの時彼はそう言ってくれた。だから私はあの人のもとから抜け出す事ができたんだ。

そうだ、私はニンゲンというイキモノに憧れていたんだ。他人からみたらおかしいことかもしれない。でも、感情を捨てていた私にとっては、ニンゲンは大きな存在だった。

『勇気が無い』とか『臆病者』と罵倒されてもいい。だってそれこそが、私の求めていた生きている証となる。






「…出来たでしょ?」


「……え…?」






リーマスの優しげな声が聞こえた。






「反抗、出来たでしょ?立ち向かう勇気が無いわけじゃないよ。だってピーターは今ボクの言葉に反抗してきたでしょ?だったら、今度はそれを違うものに向けてみたらどうかな?」


「…リーマス…」


「…さっきから黙って聞いてれば…ウゼェんだよお前等!」






彼等以外の第三者の声。ハッとした時にはもう両脇に待機していた二人は動き出していた。






「ウゼェのはお前等だろ」






シリウスのその言葉と、ジェームズが放った教科書がスリザリン生の一人にあたったのはほぼ同時だった。教科書があたった金髪のスリザリン生は教科書が命中した頭を押さえて声にならない声をあげてその場にしゃがみ込んだ。

ジェームズ、今絶対本の角直撃させたでしょ。ま、いい気味だからいいけどね。






「ナイスコントロール、ジェームズ」


「ま、こんなもんさ」






二人で目を合わせてニヤッと笑う。やっぱり角があたったのは偶然じゃないみたい。






「はっ、勢揃いかよ。おいペティグリュー、お前のお優しいお友達が皆で助けに来てくれて良かったな」


「…三人とも…なんで…?」


「でもま、出てきてくれたとこ悪いんだけどよー、お前達の出る幕じゃねんだよ!」






そう言って杖を構えようとした金髪のスリザリン生の向かっては武装解除の呪文を素早く唱えた。






「遅過ぎ。これが本当の戦いだったら今この瞬間に貴方殺られてるわよ?構えるならもっと素早くをお勧めするわね」






仕草はいつもと変わりない。けれど纏うオーラはいつもの何倍も冷たく感じた。彼等を見る目だって温かみも何も無いような気がする。まるで初めて会った時に見せた彼女の裏の部分のようだ、とシリウスは思った。






「おい、何であいつ武装解除の呪文なんかつかえんだよ!?」


「一年生じゃまだ知りもしない筈だろ!?」






『一年生じゃまだ知りもしない』、か。やっぱりね。この集団、一年生の中に何人か二年生が混じってる。私の記憶に間違いはなかったって事ね。一応これでも今ホグワーツに在学中の生徒の名前と顔、それから少しだけれどその人に関する詳細も記憶してある。それが、この先役にたつと思ったから。


疑問の声をあげているスリザリン生に向かって笑顔でローブのポケットから取り出した球体を投げつけた。











Ich will ein Mensch werden
感情という名の勇気を、大切な小人に











「うわっ!?」


「な、何だよコレ!」






スリザリン生達はの投げた球体状の何かによって煙に包まれた。一見煙幕弾の様にも見える。が、しかし。これはそんな可愛らしいものではなかった。煙が段々と晴れ、姿を現したスリザリン生達の髪の色は、






「…一年生の時からこんなもの作っちゃうなんて、末恐ろしいよ二人とも」






虹色だった。その光景を見た、球体を作った張本人のジェームズとシリウスがお腹を抱えて大爆笑したのは言うまでもない。

全く、この二人はまだホグワーツに入学して半年も経っていないというのに。もう悪戯の才能を発揮して悪戯道具なんて作るし。まあ流石、元祖悪戯仕掛け人ってところだけど。






「てめぇ…何しやがった!」






恐らくはリーダー格なのであろう、あの黒髪のスリザリン生がに掴みかかってきた。もっとも、今はあのブロンドも輝くレインボーに変わっているが。

スリザリン生がに掴みかかってきたのを見て、二人も笑うのを止めた。鋭い目付きで掴みかかってきたスリザリン生を睨む。シリウスが即座にを掴んでいるスリザリン生の手首を掴みながら言った。






「おい、放せよ」






それに対しスリザリン生は鼻で笑って返した。






「何だ?こいつがそんなに大事かよ?」






そう言いながらニヤニヤと嫌らしい笑みを顔に浮かべる。それが頭にきたのかシリウスは拳を上げた。が、思わぬ所から静止の声が掛かった。






「シリウス、ストップ」






片手をシリウスの前にやって留まるように言う。その間も目の前にいるスリザリン生からは目を離さずに。






「私なら平気だから」


「……」


「はっ、バカかお前?言っとくけどな、オレは容赦なんかしねえぜ」


「バカは貴方でしょ?」


「なんだと…?」






を掴むスリザリン生の手の力が増した。にも関わらずは"あの"冷笑を浮かべて余裕気に続けた。まるで主導権は此方側にあるのだ、と上から物を言う様に。






「アントニン・ドロホフ。両親を含め親族全員がほぼスリザリンの出だった。兄、一人。弟一人。貴方を含め、今は五人でウィリアム・ルーウ三番地で暮らしている。兄のガブリスは現在魔法省の魔法運輸部に所属中。弟のネガロフは再来年ホグワーツに入学予定。ドロホフ家はヴォルデモート卿の出現以来、彼を崇拝して止まない家系の一つ」






ヴォルデモートの名前を口に出した時、その場にいた全員がビクッと肩を震わせた。中にはヒッ、という小さな悲鳴を上げた者も。それを別段気にした様子も見せずには続けた。






「あ、因みに結構細かい内部情報とかまで私の頭にはインプットされてるんだけど、どうする?此処で暴露する?それとも、大人しく引き下がる?」


「てめぇ…っ」


「これは忠告じゃない、警告よ。今後一切私の友達に手を出すな。この警告を無視すれば、その時は容赦はしない」






その言葉と同時に教室内の空気が一瞬にして下がった気がした。これは紛れも無い殺気だ。しかも凄く強い。ドロホフの中の警鐘が鳴る。これ以上こいつに関わるのは危険だ、と。






「…ちっ」






一度舌打ちをしてからドロホフはを放し、逃げる様に教室を出ていった。その後を他のスリザリン生が追う。完全にスリザリン生が消えたのを見計らっては殺気を仕舞った。

教室内は静かだった。誰も何も言葉を発しないし、動かない。少しやり過ぎたたか、とも思った瞬間、シリウスが目の前まで来てデコピンをお見舞いしてくれた。





「ったぁ!何すんのシリウス!」


「お前馬鹿か!」


「何でそうなる!?」






何気これ地味に痛いと胸中で呟き、額を押さえる。何だ。何だっていうんだ。どうして自分はいきなりデコピンなんてものをくらわせられた?






「あいつがただのバカだったらお前殴られてたんだぞ!」


「まーまー、シリウス。結果として大丈夫だったんだから」


「だからって…っ」


「まぁ、君がの事を凄く心配したのは解るけど、かける言葉が違うだろう?」


「なっ…うっせー!」






今じゃ仲裁に入ったジェームズがシリウスと言い合いしていた。毎度の如く自分をからかっているジェームズに対してシリウスが吠えているだけなのだが。






「…大丈夫だったか?」






けれどジェームズの言う言葉にも一理あったようで、素っ気無くだがそう言ってきた。それに何故だか嬉しくなって笑顔でうん、と答えた。






「大丈夫だよ。心配してくれてありがと、シリウス」


「お、おう」






面と向かってお礼を言われるのに慣れていないのか、少し頬を紅潮させた様をみてはシリウスに気付かれないようにクスクスと笑った。何だか可愛いと思っているなんて知れたら彼はおもいっきり怒るだろうな。






「リーマス、ピーター、二人とも大丈夫かい?」






ジェームズの言葉に二人とも思い出したかの様に、床に座り込んだままの二人のもとへ駆け寄った。






「僕は大丈夫だけど…」


「ピーター、平気?」






はピーター達と同じようにその場に座り込み、心配そうに声を掛けた。






「…どうして…どうして…皆…」


「おい、ピーター」






近くに置いてある机に寄りかかりながらシリウスが少し強めにピーターの名を呼ぶ。けれどその声色は怒っているというよりも心配した、という気持ちが大きく現れているようだった。






「さっきの話しは全部聞いた。あのなあオレ達は…少なくともオレは、別に強くなんかないんだよ。そうなりたいとは何時も思ってるけどな。

仲間がいて始めて自分は弱くてもやっていけるって思うんだよ。言わなきゃずっと自分一人で抱え込む事になるんだよ。結局はお前一人の問題かもしれねぇけど…それでもオレ達はお前の背負ってるもの軽くする事くらいは出来んだよ。

ったく。今度から言えよな。お前の気持ちも含めめてよ」


「…シリウス……」






顔を上げたピーターの目に映ったのは、溜息をつきながら、それでも優しさの篭った微笑みを此方に向けているシリウスの顔だった。






「そうだよ、ピーター。言ってくれれば、どうにかなるものだし。現に今だってそうだろ?まぁ、実際やってのはだけどね。でもきっとあいつ等は二度と君に手を出してきたりはしないと思うよ。

今回はごめんね。気付いてたんだ、君が虐めにあってる事。でも、君から何か言ってくるまで待とうって思ってたんだ…。本当にごめんね、ピーター」


「…ジェームズ……」






ピーターの目から再度涙が零れた。嬉しかった。自分のあんな醜い発言を聞いた後でもこうして、"友達"として接してくれる事が。それでもやはり完全に怖さは拭いきれないし、彼等は強いと思う。強い彼等の中にいれば当然自分の弱さは嫌でも解ってしまう。それに、迷惑だってかける。その罪悪感も感じてしまうのは、やっぱり自分が臆病だからか。






「…ううん…謝るのはボクの方なんだ……ボク、恐くて…ボクに勇気がなかったから…」


「…ねえ、ピーター」






は再び俯いてしまったピーターの肩に優しく手を置き、言葉を続けた。






「貴方は勇気を持ってるでしょ?」


「…え?」






の思いもよらなかった言葉に顔を上げる。青と赤の瞳が交わった。






「『怖い』って思う事自体が勇気だと私は思うよ。

昔ね、言われた事があるの。『感情を持つ事自体が勇気だ』って。私ね、昔は無感情の人間だったんだ。喜怒哀楽が無かったの。でもね、ある人が私に感情というモノを教えてくれたんだ。その時に言われたの。

『感情は嬉しい楽しいだけじゃゃない。苦しかったり悲しかったりする事も多い。お前はそれを持つ勇気を出さなきゃいけない』ってね。だからね、別に怖いって思う事はいけない事なんかじゃないんだよ。寧ろ思わなくちゃいけないと思う。怖いと感じなくなってしまった人はそれは感情の欠落、つまり感情を持つ"勇気"を捨てた事になる。

ピーター、臆病でいいんだよ。臆病な人程、自分が知らない勇気が心の中にあるの。勇気がなくっちゃ"怖い"という感情は生まれはしないんだから。

だから自分には勇気が無いとか言わないよーに!」






最期にビシッとピーターの目の前で指を立てた。いきなりの事で驚いたピーターの目が真ん丸くなっている。

そう、心が傷つくのは感情があるから。心が傷つけば胸が痛む。その痛みを受け止める勇気が必要なんだ。怖いと思う気持ちもそれと同じ。要はきっと心構えなんだと思う。






「貴方は私達の仲間なんだから、今度から困った時は私達に相談する事。そしたら今みたいに虐められてる時は助けるから。貴方が一人のところを襲わせたりなんてしないよ、絶対にね。それにあいつ等ならもう二度とちょっかい出してこないと思うし」


「………」






この後も精神的苦痛の日々を数日、彼等には味わってもらう予定だ。勿論、全部赤毛の双子から教わった性質の悪い悪戯によって。そうすれば二度とピーターに手出しする事はないだろう。






「とりあえず医務室に行った方がいいよね」


「だな」






は立ち上がってシリウスとジェームズと共に先に扉へと向かった。怪我をしているところをきっと他の生徒には見られたくないはず。念のため三人で外を生徒達が歩いていないか確認する。


目に涙を溜めたまま、その様子を見て動く様子のないピーターの背中をリーマスが軽く叩いた。






「さ、行こうピーター。君の手当てをしに行かなきゃ」


「…でも…」


「大丈夫だよ。皆あんなに君は仲間だって言ってたんだからさ。信用しなきゃ怒られるよ?」


「二人とも早くー!」






後ろから二人がついてきてないことに気付いたのか、扉の外で大きく手招きしながら呼ぶ声が聞こえた。






「ほらね?君が心配してるような事は有り得ないよ。さ、行こう。立てる?」






ピーターは三人からリーマス視線を移した。彼もやはり三人と同じように優しく微笑んでいる。


大丈夫なんだ。彼等はボクを、こんなボクを仲間だと言ってくれる。シリウスの言っていた事は本当だった。仲間がいるって思うだけで今までよりちょっとだけ強くなれた気がする。ただの錯覚かもしれないけど、それでも一人じゃないって思えるから。






「…ありがとう、皆」











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08.08.03 修正完了