「…ねーむーいー…」






ホグワーツ特急の一室で大きな欠伸を一つ。眠気の原因は解っている。明け方までやっていた皇帝の側近としての仕事のためだ。


シリウスと会ったあの日以降。なんやかんやとやっているうちに、あっという間に時は過ぎていった。未来のホグワーツと何か違う所があるのかと思い、城中を歩き回ったり、あるいは懐かしい人物達(主にマクゴナガルとハグリッドだが)と話をしたり、時空の歪みを探したり、という事をしていたら気付いた時には新学期前日。






「レンに言った事とシリウスに言った事、どっちか言わなければ良かった…」






レンにはいつも通りの仕事を、と。そしてシリウスには列車の中で会おう、と。

新学期前日の昨日。レンからはいつもより多めの仕事が送られてきた。内容を見る限り、最近八つの都市で動き出してきているある謎の人物達の事だった。年齢性別その他諸々不詳の者達。何を企んでいるのかは解らないが、世界の均衡を保つ為に作られた聖石を破壊したり、都市の住民を襲ったりと見過ごせない行為ばかりをしている。


今回もまた一暴れしたようでその事件の後始末の書類が大量に送られてきた。いつもこの手の事件が起これば昨日の倍の量の書類がくるのだが、レンが気を使ったのだろう。きっと彼の所には自分に来た倍以上の仕事がある筈。それだからせめてものお礼にと思い一日で片付けてしまおうと思ってやったのだが思いのほか時間が掛かってしまい、終わったのは明け方だったのだ。






「極めつけはあの夢だよねー…」






あの頃の夢を見た。新学期当日にあの頃の夢を見るとはなんとも幸先不安。






「…私はもう、あの人の人形じゃないのに……」






そうポツリと呟いた後は睡魔に負け、瞳を閉じた。












In einem Zug
新しい小人に笑顔を











「………ッ……」







誰?私を呼んでる?


体が小さく揺れている。肩の辺りに感じる熱は人の肌の熱。ああ、自分は誰かに揺り動かされている。

ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた少年が。






「…ハリー…?」


「え?」






のその言葉に少年は首を傾げたが、気にせずには眠気眼を擦りながら続ける。






「んー…もう着いたの?あ…れ?ハリー、小さくなった?何か幼くなった感じが…。それに瞳の色変わってない?ハリーの瞳は深いみ」






"深い緑色"、と言おうとしたところでハッと気付く。

傷跡が、ない。


今目の前にいるこの少年は、外見は自分の知っている少年に似ている。だが、自分の知っている少年には額に稲妻形の傷があった筈だ。それに瞳の色は深い緑色。けれどこの少年は額に傷は無く、瞳も緑色ではなくハシバミ色をしている。段々覚醒してきた脳がその瞬間に一気に目覚めた。


まさかまさかまさか。






「…貴方は?」






恐る恐る目の前の少年に名前を尋ねる。もしかすると自分はとんでもない言葉をとんでもない人の前で発してしまったかもしれない。






「僕はジェームズ。ジェームズ・ポッターだ」






ゴオン、と鈍器で後頭部を叩かれた感覚に陥った。目の前でニカッと笑って自己紹介をしている彼は、思った通りハリーの父親だった。未来に関わる者の名前や出来事を言うのは過去の世界ではタブーに近い事だ。世界の、否、時空の均衡が保たれるのであれば問題は無いが、もし崩れたとしたら大変な事になる。






「あ、えっと、私は。よろしく…ね、ジェームズ」


「うん。よろしくね、。実は僕、君の事は少しだけど知ってるんだ」


「…え」


「君がもの凄く強いっていう事とか、おもしろい物を持っている事とか!」






ジェームズは目を輝かせに詰め寄る。最後の方はまるで『見せてくれ』と目が言っているようだ。



いや、ちょっと待て。うん、待て。



どうしてジェームズが初対面である私の事を知っているんだ。何処かで会っていた?否、それはない。そんな出来事は記憶には無い。






「…何で知ってるの?」


「シリウスに聞いたんだ!」






え、と言葉を漏らし、首だけを動かし室内を見る。そして見えたのは数日前に会った黒髪の少年、シリウス。ジェームズの影に隠れて見えなかった。






シリウス…え、あの…いつからいたの?」


「あ?お前が寝てる時から」


「あー、そっか。




            ………って、え?何だって?


「だから、お前がアホ面して寝てる時からだよ」


「丁度十分前くらいからだったかな」


「え、は!?そんな前からいたの!?」






全くと言っていい程気付かなかった。いつもならば誰かが部屋に入ってくれば絶対に気付くのに。完全に気を抜いていた。この世界は八つの都市に比べて平和だからなのか定かではないが、この世界に来てからというもの、自分は気を抜き過ぎている気がする。

それに気になる疑問がもう一つ。






「…二人って知り合いだったの?」


「いや、さっき知り合ったばっか」


「さっき!?」






よく知り合ったばかりの人間に自分の知り合いの話をしたな、と胸中で呟く。それ程までに彼等は急速に仲良くなたのだろう。この先、無二の親友となる彼等だ。そう思えばおかし事ではないだろう。






「ねぇ、。"ハリー"って誰だい?」


「あー、えっとー…」






問題発生。どう言い訳をしようか。魔術で記憶を消してしまえば言い話なのだが、生憎と自分はそれを嫌う。人の記憶はよっぽどの事がない限り消したくはない。






「僕に似てる誰か?」


「…そ、そうなの!私の友達のお兄ちゃんなの、その人」






そうなんだ、というジェームズの言葉には内心、安堵の息を吐いた。なんとか上手く誤魔化せたようだ。これからはもう少し気をつけなければ。






「おい」


「何だいシリウス」


「そろそろ降りねぇと遅れるぜ」






窓の外を見ながら言うシリウスの視線を追い、ジェームズとも視線を外へと移す。そこには、もう既に沢山の生徒で溢れ返っているプラットホームがあった。何時の間に着いたんだ。






「そうだね、降りようか」






ジェームズのその言葉を合図に、三人は外へと足を向けた。










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08.07.12 修正完了